アドバンスセミナー1座長:久保居 由紀子(JCHO 埼玉メディカルセンター)講師:渡邉 一儀(獨協医科大学埼玉医療センター)54輸血あなたならどうしますか?→回答データは学会で使用させて頂きます医療現場では、『安全』を主目的とし、様々なマニュアルやトレーニングを駆使して、トラブル対策が講じられています。最大の要因となるヒューマンエラーを考えるにあたり様々な視点がありますが、今回は心理学に基づいて人はなぜ間違い(エラー)を発生させてしまうのか、またそれを限りなく少なくしていくための手段として、より有効な方法は何なのかを考えます。ヒューマンエラーの定義は、『事前計画に基づく一連の精神的あるいは身体的活動が、意図した結果を得られないという状態の総称。ただし偶然による失敗のものを除く』(Reason1990)とされています。つまり、行動や作業だけでなく、判断や意思決定の失敗がヒューマンエラーとなります。例えば、エレベーターに乗った際に【開ける】と【閉じる】のボタンを押し間違えてしまった経験はないでしょうか。一言で言えば『うっかり』ですが、なぜ原理を熟知しているボタン一つを押すという単純な行動でさえ多くの人が間違えたという経験をするのでしょうか。エラーの発生には、人間の『認知特性』が大きく関わっています。認知特性とは、多様で大量の情報を脳がスムーズに処理するためのシステムですが、構成する要素として知覚や記憶があります。一瞬のうちに使える僅かな要素を、曖昧なままでも判断を可能にして行動に繋げています。人間はそれが優れているが故に、誤認が発生し、その状態での行動がエラーに繋がると言えます。安全を脅かす行動(不安全行動)はスリップ・ラプス・ミステイク・バイオレーションの4つに分けられ、前者3つがヒューマンエラーに分類されます。それぞれに認知特性上の要因があり、それ故その対策も異なるはずなのです。では『エレベーターのボタン』の原因と対策はどれに当てはまるのでしょうか。ここで我々が理解しなければならない前提として、『過つは人の性』という言葉が表すように、人はエラーの発生を完全に回避することは不可能という点です。加えてどれだけ知識と経験を得ても、『認知特性』自体が大きく向上するわけではないという点です。どれだけ博識で経験豊富な人でも新人であっても、間違える時は間違えます(種類は異なる)。ここでいう間違える時はエラーが発生しやすい状況となります。すなわち、ヒューマンエラーの発生を少しでも減らすためには、個々人の注意力では限界があり、発生しやすい状況(環境)をどれだけ改善できるかが肝要です。単一の個人ではなく個人を含むシステム全体を考えるために、m-SHELモデル(河野2004)では人間・マニュアル・設備・環境・管理のバランスが必要とされています。またレヴィンの行動モデルでは『B行動=f(P人,E環境)』人間の行動は人と環境の関数で表現されると主張しています。つまり個々人の変容のみで対策を取ろうとすることは、困難もしくは酷く非効率な手段と言えます。ヒューマンエラー対策は、発生防止が注視されがちですが、拡大防止を同等かそれ以上に考える必要があります。どんなに十分な対策を取ったつもりでも人によるエラーは必ず発生します。発生したエラーの被害を最小限(間違えても気づける)にできる仕組みが重要です。輸血業界は、厚生労働省がガイドラインに関与しており、それに添った厳格な院内マニュアルを作成し周知徹底がなされていると思われます。しかし、輸血の安全を管理する上で、それだけでは不十分です。発生してしまったエラーの状況を解析し、適した対策を組織的に検討する必要があります。原因を個人の『うっかり』や『不注意』とだけ捉えているうちは『気を付ける(させる)』という対応しかとることができません。機械的自動化が発展し、その間で人間が作業をするという形態が、あらゆる場面で普及しています。そのおかげで、様々な事故は減少して安全性は向上しています。臨床検査の場でも自動化が積極的に検討されていますが、人間による動作部分も同等に改善されることで総合的な安全性が向上すると言えます。人の思考・行動を完全に予測することは困難であり、人員編成も職場環境も変化します。また絶対的な正解もないため、効果を保証することもできません。重要なのは、常に状況に沿った対応をすることであり、それが単なる経験則に頼ったものではなく、理にかなったものであって欲しいということです。冒頭にもあった『安全』は、もちろん患者のためですが、医師・他部門スタッフのためでもあります。そこに加えて自分自身のためであることを重視して欲しいです。学会当日は輸血に関連する対応例を挙げます。対応に迷っている方、これからこういった対応を担う方々にとって考え方を学ぶきっかけとなればと思います。9:10~10:00講演会場:第1会場A(401号室) 視聴会場:第1会場B(402号室)テーマ「To err is human・過つは人の性」輸血におけるヒューマンエラー対策の重要性
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