埼臨技会誌 Vol.68
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43抄 録 低侵襲手術という言葉をご存知でしょうか。「身体にやさしい、負担の少ない手術」という意味です。もう少し具体的に言うと、従来ばっさりおなかを切って行っていた手術を、腹腔鏡(内視鏡)の力を借りることにより、小さな孔数か所から行うという手術のことです。これまでの方法ですと、おなかに30㎝のきずがついていたのですが、低侵襲手術を行いますと、1~2cmのきずが、4~5か所で済んでしまいます。術後の痛みも少なく、美容的にも素晴らしい画期的な手術です。 この手術が欧州を中心に始まった1990年ごろ、この低侵襲手術という新しい言葉に「ちょっと待った」がかかりました。英国のAlfred Cuschieriという外科医が疑問を投げかけたのです。「腹腔鏡の手術はたしかにきずが小さくて済むが、おなかの中でやっていることは、従来と全く同じだ。胃全摘を行った場合、患者の胃がなくなってしまうという事実は変わらない。手術のためのアプローチルートが小さくなっただけだ。だから“小さなきずの手術”と表現を変えるべきだ。本当の低侵襲手術とは、切らなくて済む臓器をとことん残して、病気の部分だけを取る手術のことだ。」 ではAlfred Cuschieriが言う本物の低侵襲手術とはどんなものでしょう。私が1991年から1992年にかけてドイツのチュービンゲン大学で外科医として働いていたころ、師匠のGerhard Buessは、まさにその本物の「低侵襲手術」を行っていました。直腸の腫瘍を、肛門や直腸機能を温存して、くりぬいてしまう画期的な手術(TEMといいます)を実践していたのです。私はそのTEMという手術を日本に持ち帰り、普及に努めてきました。本来なら肛門を失い、人工肛門になってもおかしくなかった患者さんの、直腸腫瘍をたくさん切ってきました。2007年に日本を訪れた師匠のGerhard Buessは、私がTEMをたくさん行い、また日本やアジアでの普及活動を行っていることを目の当たりにし、満面の笑顔で喜んでくれました。 そのGerhard Buessがさらに喜んでくれたことがあります。それは、私がTEMの術式を応用して、むずかしい場所にできた胃の腫瘍を、胃を完全に温存してくりぬくことに成功したからです。彼の技術とポリシーは私に受け継がれ、日本の多くの患者さんの胃を残すことにつながったのです。胃内手術と呼ばれるこの素晴らしい手術に、私はその後さらに改良を加え、単孔式胃内手術や針孔式胃内手術として現在も、執刀を続けています。これらの手術を受けた患者さんは、きずの小ささももちろんですが、健康な胃を形も働きもほぼ100%温存できたことに無上の喜びを表現してくださいました。外科冥利に尽きます。 今回の講演では、これらの「本物の低侵襲手術」について皆様に知ってもらい、健康な臓器を温存することの大切さを改めて感じ取ってほしいと思います。

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