埼臨技会誌 Vol66
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【はじめに】 病理組織による確定診断を得るためには、患者より組織検体を採取してから、最終的に臨床医が病理組織診断書を手元に受け取って、患者に結果を伝えるまでの長い行程がある。標本作製過程にも非常に多くのステップが存在する。病理以外の臨床検査と比較すると、最終報告が確定するまでに非常に長い時間を要する。標本作製過程は、一般的に「固定-切出し-包埋-薄切-染色-診断」と幾つものステップを経る必要がある。そのほとんどは手作業で行われているのが現状である。さらにその各行程に関わる関係者も多い。臨床医、臨床検査技師、病理医の当事者以外にも、事務、看護師および補助士(施設によって名称は異なる)等が関わっており、これらのすべて関わりにおいて、ヒューマンエラー(検体の取り間違え等)を生じるリスクが高い。ステップが多く手作業が多い分、「検体取り間違い」や、「病理診断報告書の確認忘れ」など、がんの治療が遅れるような重大な医療事故が相次いでいる。【病理検体処理ガイドライン】1)取り違え防止対策 取り違えによる医療事故は後を絶っていない。病理診断は、治療方針を決める重要な診断であり、決して間違いがあってはならない。間違いを無くすように病理関係者は様々な事故防止策を実践しているところではあるが、病理関係者だけがそれら対応策を講じていても効果は薄い。今回、一般社団法人日本病理学会 森井医療業務委員長を中心に学会内にワーキンググループが立ち上がり、「病理検体処理ガイドライン」の策定が行われた。その際に、日臨技認定病理検査技師制度との関連から、一般社団法人日本臨床衛生検査技師会にも協力要請があり委員を推薦した。ワーキングが2月に立ち上げられ、7月にはパブリックコメントとして意見を広く求め、11月には発行という迅速さで第1版が発行された。 本ガイドラインにおいては、実際の病理検体取扱い過程の時系列に沿って、「推奨される手順」と「避けるべき手技」を明確に示すことで、関与する医師、検査技師、医療従事者に分かりやすく且つ実践可能なように記載されている。しかし、一口に病理検査といっても、その環境、施設規模、染色条件等は標準化されていない。バーコード、ICチップ等を用いたコンピューター管理によるトラッキングシステムを積極的に導入して盤石な体制を構えている施設もあるが、多くの施設では、自動化やIT化が困難であり、未だにマニュアルでの対応で作業している施設の方が多いのが実情である。 今回、病理診断を行う病理学会、診断に供される標本を作製する日臨技が協働して本マニュアルを策定したことは非常に意義深い。ヒューマンエラーは完全にはゼロにはならないが、できるだけゼロに近づけるべく、このマニュアルを有効に活用されてヒューマンエラーの軽減に役立つことを祈っている。2)がんゲノム医療対応 近年、がん患者のがん細胞の遺伝情報を網羅的に調べ、患者ごとの最適な治療法を探る「ゲノム医療」が、治療に取り入れられ始めた。この治療の基本となる遺伝子検査システムについて、厚労省では、その製造販売を了承、一部公的医療保険が適用されることとした(2018年12月、次世代シーケンサー(NGS)で癌関連遺伝子を網羅的に解析し、治療方針の決定に生かすプロファイリング検査について承認)。これによって、がん細胞の特徴に合致する治療薬を選択するオーダーメイド型医療の推進が期待でき、臓器別であったがん治療が、遺伝子ごとの治療へと大きく舵がきられ、国策であった「EBMに基づくがん診療の均霑化」より「個別化医療」へと大きな方向転換となった。遺伝子検査解析結果の解釈、治療の選択の判断など、施設ごとのスタッフの質に差が生じないよう、人材育成や手順の共通化が進められている。中核拠点病院などで得られたゲノム情報及び臨床情報などはがんゲノム情報管理センター(C-CAT)に集約され、適切な診療の提供や革新的な治療の開発につなげるための技術基盤が確立された。 2019年4月時点で920名が認定されている当会の認定病理検査技師はがんゲノム医療中核拠点病院11施設33名(100%)、がんゲノム医療連携病院134施設(85.8%)で既に配備済みである。認定病理検査技師の受験資格を得るための講習会カリキュラム、および資格更新のための講習会カリキュラムには、日本病理学会が刊行している「ゲノム研究用・診断用病理組織検体取扱い規程(2019)」を盛り込み、講師も日本病理学会より招聘している。この分野では、臨床検査技師と病理医が統一したカリキュラムで学習することとしている。 ゲノム医療体制の拡大には、検査の品質管理が重要である。アメリカでは検査の信頼性や安全性を確保するための認証制度があるが、我が国では未だ整っていない。法改正後に委ねられた課題である。FFPEサンプルからのゲノム抽出では、①ホルマリンクによるクロスリンク(架橋)反応の不十分な除去効率 ②クロスリンクの過剰反応で塩基の脱落などが起こるため、NGS鋳型としてのゲノムの質が著しく劣化。①、②の反応によりDNAが増幅されず、ゲノム濃度が調製ライブラリーのNGS鋳型量に反映されず、不十分なデータしか得られないという状況が起こりうる事が知られている。【まとめ】 当会と日本病理学会は、認定病理検査技師制度とNPO法人日本病理精度保証機構(JPQAS)を両会が立ち上げた折から(2014年)、協定書を締結し活動を共にしている。病気の原因、発生機序の解明や病気の診断を確定することを目的とする学問である「病理学」を共通ワードとして、最終診断をする病理医と、病理医が診断する上で必要となる良質な組織標本を作製する臨床検査技師がお互いの立場を尊重し、協調し続けることで、病理学の総合的な発展が期待できる。66教育講演滝野 寿…(一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会) 病理・細胞……第6会場 604号室 14:10~14:50病理検体の取り扱いマニュアル

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